花形夢SS

 あの日、日直が一緒になるまで、私は花形くんと話をしたことはありませんでした。
 
黒縁眼鏡で、頭が良くて、先生に当てられても顔色一つ変えずに難しい数式をすらすら答えちゃう人。
「かっこいいんだけど、なんか頭良すぎて何考えてるかわかんないよね」
「わかるー。なんか眼鏡を通して他人のスペックを数値化できる能力もってそう」
「背だって、高けりゃいいってもんじゃないよねー。キスしにくそう」
「そう・・・だよね」
なんとなく合わせたけど、実は私は花形くんに勝手に少しだけ親近感を抱いていました。
私は女子バレー部で、身長が180センチ近くあります。
バレーやバスケをする人間にとって身長は神様からの贈り物だと言われます。でも私はコートの中以外では、素直に神様にありがとうと言えずにいました。
 
で、日直となったその日。
私と花形くんは、休み時間に二人で黒板を消していました。
背が高い花形くんは、黒板の隅の消し残りまで綺麗に拭いていました。私もみんなの目が届かない上の方を中心に拭いていました。
しばらくすると教室の一部がざわざわしはじめました。
「巨人夫婦」
そんな声が聞こえた気がしました。空耳かもしれません。何気ない会話に耳が過剰に反応してしまったのかもしれません。そうだったらいいのに。
「歩く電柱」
和田アキ子以上」
今度ははっきり、笑い声付きで聞こえました。さすがに腹が立ちました。
あなたたちにとってはふざけて言った一度だけの言葉かもしれないけど、私はずっとずっと言われ続けてきているんだよ。
ばーか。とチョークで黒板に書いてやろうと思ったとき、私はふと隣を見ました。
そこには、涼しい顔で黒板を消している花形くんがいました。
私は不思議でした。彼は腹が立たないのでしょうか。それとも聞こえていなかっただけなのでしょうか。
じっと横顔を見ていると、花形くんが私の視線に気づいて「ん?」と首を傾けました。眼鏡の奥の目と、まともに目があって、私はドキッとしました。
花形くんの目は、思っていたよりずっと穏やかでした。
その目が、なぜか私の頭のてっぺんをじっと見つめています。
なんだろう?
そう思った次の瞬間、花形くんはおもむろに、右手を水平にして自分の顎のあたりに当てました。その手をすっと平行移動させ、長い腕を伸ばして、私の頭の上にかざしたのです。
「うん」
花形くんは満足げに頷きました。そして、世にも優しげな微笑みとともにこう言いました。
「フジマと同じくらい、かな」
誰かが「ひゅうっ」と口笛を吹きましたが、もう私の耳には入っていませんでした。
花形くんは「よし」と黒板消しを置き、何事も無かったかのように自分の席に戻っていきました。
私はチョークを握りしめたまま、ぽかんと黒板の前に立ちつくしていました。
次のチャイムが鳴るまで、ずっと。
 
 
<終>