チエコ店長と長谷川のSS

「ごめんなさーい、今日はもうお終いなんで・・・」
閉店の準備をしていたらピロロンという入店音が聞こえた。チエコスポーツの店長は、そう言って片付けの手を止めて自動扉のほうを振り返った。
「あ、もう終わりですか・・・?」
商品棚の最上段と頭の高さが同じくらいの、長身の少年が立っていた。
自動扉に書かれた営業時間をちらりと確認し、少年は申し訳なさそうに頭を下げて回れ右しようとした。
「あ、ちょっと待って!」
店長は少年を呼び止める。
「君、高校バスケの選手だよね、見たことあるな。どこのチームだっけ・・・」
店長は少年に店の中に入るように促し、考え始めた。
「・・・」
「あっ言わないでね。当ててみせるから。えーっとね、」
店長は腕を組んで考えると、ポンと手を打った。
「わかった。翔陽のフォワード。六番」
少年は細い目を見開いた。
「悪いけど名前までは知らない。教えてくれるかな」
「長谷川・・・です」
「長谷川くん。よし。覚えた」
店長が言うと、戸惑ったような表情をしていた長谷川少年は、ようやく少しはにかんだ笑顔を見せた。
 
「全部の選手を覚えてるんですか」
「全員はさすがに覚えてないね」
「・・・」
じゃあ何でおれなんて、と長谷川少年はボソボソと言った。
「そりゃあ、いい選手だなと思ったからだよ」
「・・・」
長谷川少年は黙ってしまった。
口数も多くないし、自分をアピールしない。なかなかシャイな少年のようだ。
「で、今日はどうしたんだい」
「練習でバッシュが擦り切れたんで」
長谷川はそう言うと、布の巾着袋の中からバッシュを出した。
「もうすぐ大会なので、買い換えたほうがいいかと思って」
「うわー、このバッシュだいぶ磨耗してるけど何年使ってるの?」
「三ヶ月くらいです」
「三ヶ月!?どんだけ練習したんだい!?」
そりゃ、いい選手な訳だ。店長が驚くと、長谷川はきょとんとした。
「もっと、自信を持ったらいいよ」
「・・・」
その言葉は彼の心の何か触れたのか、長谷川は俯いてしまった。
「メーカーはどこがいいとか、希望はあるの?」
店長は話題を変えた。
「いえ、特には」
「ふむむ」
店長はバッシュの擦り切れ具合をチェックしてみる。
「側面が擦り切れてるね。シュートやリバウンドというよりディフェンス時の磨耗が大きいのかな。ディフェンスには靴の歪曲性が大事だ。これなんかどうかな」
店長は棚から一足のバッシュを下ろした。アシックスのバッシュだった。
「デザインや色はナイキのほうが充実してるんだけど、耐久性はアシックスのほうが優れていると思うんだ。そういえば藤真くんもアシックスだったよね」
「・・・」
「これは一つ前のモデルなんだけど、その分少し安くできるよ。どう?履いてみる?」
「はい・・・」
長谷川は靴を脱いだ。店長は驚いた顔をする。
「幅広だね、いい足だなあ」
「・・・」
「いや、なかなかここまで整った足の形をした選手はいないよ」
店長が指を触ったので、長谷川は反射的に足を引っ込めた。
「あ、ごめん、いきなり触って」
「・・・いえ」
「でもいい足だよ。惚れ惚れするね」
長谷川少年は、赤面している。
「言われたことないです」
「だろうね。こういう仕事でもしていない限り、人の足なんかじろじろ見ないからね。どう?履きごごちは」
「すごくいいです」
「でしょ。サイズは?」
「27です」
「27・・・ああ、展示品しかないな」
「あの」
長谷川は申し訳なさそうに控えめに口を挟んだ。
「実はあまり、持ち合わせがなくて」
聞けば、千円札数枚しか持っていないと、気の毒なくらい恐縮している。
自らを「天才」と呼び、10円玉三枚でエアジョーダンをかっさらって行った、いつかの赤い頭の彼とは、同じ高校生でも180度違う。
「それでいいよ、おまけしとくよ」
「えっ、そんな」
長谷川は首を振った。
「その代わり、今年こそ海南に勝ってくれよ」
「・・・」
「歴史が変わるところをこの目で見たいんだ」
控えめだった長谷川少年の目に、わずかに闘士の炎が灯ったのを、店長は見逃さなかった。
「頑張れよ。次は勝利の報告しに来てよ」
「はい」
ぺこりと深く頭を下げて、会計を済ませた長谷川少年は、店を後にした。
 
自動扉が閉まる。
気づけば閉店時間はとっくに過ぎていた。
次はいつ彼に会えるだろうか。
店長はその日が待ち遠しくてたまらなかった。