「逆光とノイズ」5話

その日のことを思い出すと、僕は今でも、まだ眩しくて少し目を細めてしまう。
 
 
​「噂をすればなんとやら。エース様のお出ましだぜ」
永野さんの言葉に入り口の方をみると、女の子たちのきゃーっという歓声とともに黄緑色のジャージを着た人が現れた。女の子たちが入り口に群がり、先を争ってなにかプレゼントのようなものを手渡そうとしている。まさにスターの登場だった。
だが当のスター本人は、まったく嬉しそうではなく、女の子たちが差し出すものを一応丁重に断ってはいるが、あきらかに迷惑そうなオーラを醸し出していた。先輩たちもその光景を見慣れているのか、不憫そうな目をしている。
入り口のガラス扉を押して、その人は入ってくる。「かっこいい」という外の声が漏れ聞こえてきて、バタンと閉まると同時に消えた。
「藤真〜!」
高野さんが真っ先に駆け寄っていった。
「なあなあ、ゆうべのおれのオススメドラマみてくれた?」
高野さんは彼がスターであることなどどうでもいいように、ずけずけと話しかける。
「おれあの女優超タイプなんだよね、おまえどう思う?」
「高野、靴脱げねえんだけど」
嫌そうな顔をされても構わずスキンシップを図り続け「高野、暑い」「高野、重い」と振り解かれていた。
あの女の子たちに比べるとすらりと背が高かったその人は、高野さんと比べると少し華奢に見えた。
「あーもうしつこいなおまえは。まとわりつくなっての」
「いやーん、冷たくしないで」
そんなことを言い合いながら楽しそうに歩いてくる。
「藤真」
花形さんが片手を上げると、藤真さんも「おう」と同じように手を上げて返した。
「古文の宿題出せたか?」
「ああ、今提出してきた」
藤真さんは、少しだけ花形さんを睨んだ。
「おまえが写させてくれないから大変だった」
「毎回そういう不正を許していたらおまえの為にならないだろ。それに今回は基本問題ばかりだったからやさしかったと思うけど」
「そうだけど、最後の和歌が意味不明」
藤真さんは頬を膨らませた。
「あしびきのやまどりのをのしだりおのながながしよをひとりかもねむ、か?」
「あー」
藤真さんは耳を塞いだ。
「もう日本語で喋ってくれ」
「日本語だよ」
花形さんは苦笑して、
「あそうだ藤真」
後ろからポンと大きな手で僕の両肩に触れた。
「この子が見学希望だって」
テレビドラマか映画でも見るようにぼーっと会話に聞き入っていた僕は、急にふられてはっとした。
「へー」
藤真さんの視線が僕に移る。
「初心者?」
「い、いえ」
長い睫毛に縁取られた大きな瞳にじっと見つめられ、どう呼吸していいのかわからなくなる。
「ポジションは?」
「ガ、ガードです」
「なぬ。藤真の後継者現る。うげ、」
藤真さんの肩の後ろからぬっと顔を出した高野さんは、平手で顔を押し返され、へんな声を出した。
「中学からやってるのか?」
「は、はい」
「じゃあ、その子は藤真の担当な」
花形さんが冗談ぽく言った。
「あのう、」
後ろから遠慮がちな声がして、振り向くと、僕と同じように制服姿で緊張気味の面持ちをした生徒が数人立っていた。
「すみません、部活の見学はどちらに・・・」
「バレー?バスケ?」
花形さんが微笑んで、僕に言ったのと同じことを言った。
「バスケです」
「オッケー。じゃ、行こう」
高野さんと永野さんと花形さんはフロアに入って言った。
僕は藤真さんに「バッシュ履くからちょっと待っててくれ」と言われて、そこにとどまった。
 
「よし」
バスケットシューズを履いて立ち上がり、藤真さんは言った。
「待たせたな、焼きそばパン」
「えっ」
僕は藤真さんのほうを見た。
身長が同じくらい、という以外はすべての造りが僕とは違っていて、そのひとつひとつの芸術的なパーツを、僕は吸い込まれるように見つめてしまう。
「ん?カレーパンだっけ?」
藤真さんは悪戯っぽく言った。
「覚えていて、くださったんですか・・・?」
「当たり前だろ、おれ、古文以外はもの覚えいいんだ」
藤真さんは得意げに微笑んだ。
「・・・」
僕はうれしかった。でも同時に、少し苦しくなった。
僕はあの購買で会う一年前からあなたのことを知っています。あなたに憧れて、あなたに会いたくて、この高校に入ったんです。
でも本当のことを言ったらこの人はどんな顔をするだろう。
もう、僕には笑ってくれないだろう。きっと、あの女の子たちに見せたような顔で僕を見るだろう。
それなら何も話さないほうがいい。僕はずっと焼きそばパンのままで・・・
「名前は?」
「え」
「おい、焼きそばパン!って呼ぶわけにいかないだろ」
藤真さんは笑った。
「あ・・・」
伊藤です。
小さな声でそう答えたら、
「伊藤」
藤真さんが、はじめて僕の名前を呼んでくれた。
 
 
 
続く