牧と藤真のSS

鎌倉の海岸から徒歩一分という立地の良い場所に、小さなコテージがある。牧の親が息子の趣味のために建てたものだ。海を一望できるウッドデッキにはロングボードが立て掛けてある。
「まったく、考えられないくらい恵まれたやつだな、おまえは」
藤真はいつも呆れたように言い、牧はいつも「そうか?」と笑う。
 
「コーヒー飲むか?」
牧は小さなキッチンから声をかけた。
「うん」
藤真はテレビ台の下の引き出しを開け、DVDを物色している。主にバスケ関係のもので、それらは牧の実家の部屋から移してきた。
ここへ来るのは週末中心で、練習が忙しいときは月に1日程度だが、次第に荷物は増えていった。
藤真もいまや、実家の部屋よりここのほうが居心地がよいらしい。
 
牧が藤真と試合以外で初めてちゃんと喋ったのは、一年の国体合宿のときだ。
「うそ、おまえんち別荘もってんの?」
一年生が二人しかいなかったので、必然的に一緒に行動することが多かった。次第にプライベートな話もするようになり、趣味の話の流れでサーフィンをやってることを話したら、最終的に此処の話になった。
「おまえってもしかして桁外れのお坊ちゃん?」
藤真はやや警戒気味に言った。
「坊ちゃん、なのか?おれは」
牧が不思議そうに問い返すと、藤真は今度は興味深そうに顔を覗き込んできた。
「おまえって、もしかして天然?」
「なんだ天然って。鰻の話か?」
「・・・」
数秒おいて、藤真はぶーっと吹き出した。
「おまえそれ本気で言ってる?」
牧がきょとんとしていると、やがて藤真は机に突っ伏して笑いはじめた。
先輩たちに「大丈夫か」「変なもん食ったか」と心配されても、藤真はずっと笑い続けていた。
 
二人の距離が急激に縮まったのはそのあたりからだ。というか、藤真が勝手に距離を詰めてきた。
「牧、電話番号教えろ」
「牧、住所教えろ」
「牧、休日の予定教えろ」
あっという間に牧のプライベートはなくなった。
 
コートを降りた藤真は、試合中の印象とはだいぶかけ離れた少年だった。
「牧、牧」と手招きするので「なんだ?」とそばにいくと、突然ネクタイをほどかれ、蝶々結びを作られた。そして「まきちゃん」「まきこ」「可愛い」と大爆笑しているのだ。牧にしたら、何が面白いのかさっぱりわからない。
こんなこともあった。
喫茶店に入ってコーヒーを頼み、ちょっと席を外して戻って来たら、なにやら藤真が嬉しそうにしている。
「なんだ?」
「いいから早く飲めよ」
コーヒーに口をつけるとやたらと甘い。
「なんだ、最近のコーヒーは甘いな」
苦々しい顔でそう言ったら、藤真は飲んでいたジュースを吹き出して笑い始めた。みると角砂糖の皿が空になっている。
一体何が目的なのか、何でそういうことをするのか、牧にはいつも藤真が不思議でたまらなかった。ただ、つまらんことでよく笑う奴だなと思ったら、つられておかしくなってきて、最後はいつのまにか一緒に笑っているのだった。
 
「藤真、コーヒー淹れたぞ」
牧はテーブルにマグカップを二つ置く。
「サンキュ・・・」
テレビ台の前で背中を向けている藤真はどこか上の空だ。手は引き出しの中で止まっている。
「どうした?何か面白そうなもんでも見つけたか」
「牧」
「ん?」
「おまえ、こういうのが好きだったのか」
藤真は引き出しの中から一枚のDVDを取り出すと、
「熟女温泉 巨乳の宿」
と棒読みで言った。
「きょにゅ・・・」
牧はわずかに目を見開く。眼鏡をかけていないのでぼんやりとだったが、ピンク色のDVDの表紙で女性が前かがみになっている。明らかにバスケット選手の肌の露出面積ではない。
「ああ・・・」
そういえば、と牧は思い出した。何日か前にサーフィン仲間がここへ遊びに来たときのことだ。
「なんか、この部屋悲しいくらい女っ気ないな」
「歯ブラシとかないの?髪の毛も落ちてねえし」
彼らは不憫そうに言った。
「しょうがねえなあ、これでも見て癒やされろ」
渡されたDVDがそれだった。
「え、おまえ、巨乳興味ねえの?」
友人達は希少生物でも見るような目で牧を見た。
「熟女も?じゃあおまえどんなのがタイプなんだ?」
「・・・」
牧はしばらく考えて、言った。
「よく笑う奴、かな」
「笑う?笑うくらい誰でもするだろ」
「まあ、な」
それは確かにそうだが、厳密にはそれだけではなかった。
よく笑う奴。よく笑って、話していると楽しい奴。一緒にいると時間を忘れる奴。負けず嫌いで、あきれるほどバスケが好きで、まっすぐに自分だけを見てくる奴―――。
そこまで思って、牧ははっとした。
「とにかく、これはやるから」
勝手に心配した友人達は、DVDを引き出しの中に置いて帰った。
それが今、藤真の手の中にあるものだった。
 
「まあ、うちの部室からもこんなのしょっちゅう出てくるけどな」
藤真はカラカラとDVDを揺らして言った。
「でもおまえが巨乳好きとは意外だったな」
「いや・・・」
言いたいことは山ほどあったが、伝えたいことはひとつだけだった。
好きなのは巨乳でも熟女でもない、もっといえば女でもない。
牧紳一、おまえは熟女および巨乳好きの罪で、逮捕する」
藤真は、また笑っている。
 
 
 
<終>