ワルイヤツラ(後編)

「なんでおれがおまえの家まで行かないといけないんだよ」
「すいません、すぐ近くですから」
仙道は高校のそばのアパートに下宿している。半分寮のようなもので、越境組の多くはそこで生活していると言った。歩いて五分というので、それなら花形と約束した時間までに戻れるだろうと藤真は思った。
「あ、そうだ」
藤真は仙道に聞いてみた。
「おまえ、おれの生徒手帳どこで拾ったんだ?」
「心当たり、ないですか?」
「ない」
「でしょうね」
「あ?」
「いえ、何でも」
「あと、おれっておまえに連絡先教えてたか?」
「いいえ。でも藤真さんのことは何でも知ってますよ」
「おまえ、怖い」
「フフフン♪」
仙道はでたらめな鼻唄を歌いながら楽しそうに歩いた。
 
「おまえ結構いいとこ住んでるんだな」
「中どうぞ」
「いい。ここで受け取って帰る。すぐ部活戻らないといけないし」
「大変ですね、監督は」
「おまえだって次期キャプテンだろうが」
藤真は玄関でちらりと腕時計を見る。
「でも、せっかく来てもらったんだからお茶くらい出させて下さい」
「遊びに来たんじゃねえんだよ」
「あ、そうだ、NBAのお宝動画見ます?」
「・・・お宝?」
「ジャズVSレイカーズ
「は?なんで?それまだこっちで放送されてないだろ」
「親父がアメリカ出張に行ったとき、撮ってきてくれたんです」
「うそだろ? もしかしてコービーの引退試合?」
「どうぞ」
仙道はにっこり笑ってスリッパを揃えて出した。
 
「試合始まりましたよ」
仙道に手招きされたので、部屋の入り口に所在なさげに立っていた藤真は、素直に隣に座った。
小さいちゃぶ台の上のパソコンの黒いデスクトップに、画面を覗き込む二人の顔が映る。
やがてそこにハンディーカメラで撮ったような粗い映像が映し出された。ベンチのすぐ裏で撮っているのか、テレビでは拾われないような選手の話し声や息遣いもはっきり聞こえる。英語なので何を話しているかはわからないが、雑然とした興奮と熱気は伝わってくる。
試合が始まると藤真は拳を握り、食い入るように画面を見つめた。いつもそうなのだが、藤真はバスケの試合を観ていると、だんだん自分が観客ではなくコートの中でプレイしているような気持ちになってくる。そこで速攻に走って、そこでパスをして、そこでシュート。そして藤真のその空想の中には、たびたび仙道が登場した。今も藤真は心の中でNBAの選手と仙道を重ね合わせていた。どんな難しいパスでも仙道なら必ず決めてくれるような気がした。仙道彰というのはそういう夢を見させてくれる選手だった。
コービーがシュートする。
「よしっ」
藤真が小さくガッツポーズを作ったとき、突然映像が途切れた。パソコンと自分との間に、仙道の顔があった。見えない、と言おうとしたらキスをされた。藤真はぱちぱちと瞬きをした。何をされているのかよくわかっていなかった。
うなじを大きな長い手で押さえられ、もう一度キスされる。今度はもっとゆっくり強く押し付けられた。仙道が目を閉じている。こいつ意外とまつ毛長いんだなと藤真は思った。固まっていたら調子に乗ったのか、仙道の舌が唇を割って入り込んできた。
「・・・」
ようやく事態を飲み込んだ藤真は、躊躇なく思いっきり仙道の頬にビンタをくらわせた。ビッターン!とものすごい音がした。
「いってっ!」
「てめー・・・」
それだけではおさまらず、藤真は仙道の腹に左手でグーパンチをくらわせた。
「ぐえっ!」
「てめー!何してやがんだ!」
藤真はさらに仙道に馬乗りになって首に手をかけた。
「うわっタイム!タイム!ギブ!ギブ!」
降参!降参!と仙道は床をタップした。藤真は手の甲で口をぬぐい、ハアハアと肩で息をする。
「だ、だって、ゴホッ、」
喉に手をあて咳き込みながら仙道は苦しげに言い訳をする。
「部屋に入る=オッケーよって意味じゃないんですか?」
「どんな公式だそれは!」
また首を絞められそうになったので、仙道は体を反転させて藤真のホールドから逃れた。
「あの、藤真さん」
仙道は防御姿勢のまま上目遣いで言った。
「本当に、全然、する気ありません?」
「何をだ」
「エッチ」
ちゃぶ台を持ち上げられそうになったので、仙道は全力で阻止した。
「おまえのその根性は前からいっぺん叩き直してやろうと思ってたよ」
「すいません、おれ翔陽に入らなくて良かったです」
「・・・」
藤真の携帯が鳴る。着信表示は花形だった。
「やべ、帰らないと」
藤真は電話を握りしめて慌てて玄関に向かった。
「あ、藤真さん藤真さん!」
仙道がふんわりと山なりに投げたものを、藤真はキャッチした。生徒手帳だった。
「それ取りに来たんでしょ」
「ああ、忘れてた、サンキュ」
携帯は止むことなく鳴り続けている。
「じゃあな」
藤真はスニーカーを突っかけて、
「今度あらためてシメるから」
と言い残して外へ飛び出した。
階段を降りきったところで、そう言えば、どこで生徒手帳を拾ったのか聞き出すのを忘れていたと気づいたが、鬼のように花形からの着信が鳴り続けるので、それもすぐに忘れてしまった。
 
 
「あーあ、釣り損ねた」
その頃、部屋の中で仙道は大の字に寝転んで嘆息していた。
携帯を手繰り寄せ、通話ボタンを押す。
「ああ、もしもし。おれ。ご協力ありがとうさん。うん。途中までうまく言ってたんだけどさ、キスしたらボコボコにされちゃった。笑い事じゃないよ。殺されかけたんだぜ。可愛い顔してすげー怖いんだから。でもそのあと電話がきてさ、うん、そう、君の副キャプテンから。で、逃げられちゃった」
仙道は情けなく笑った。
「でもひとつ分かったんだけど、あの人本当にバスケが好きなんだな。動画ひとつであんなに簡単に釣れると思わなかった。試合見てる時すげー嬉しそうでさ・・・何思ってたのかな」
また会いてぇな・・・と仙道は殴られた頬を押さえながら思った。
「今度は校章でも落としてもらおうかな。成功したら君に鯛でも送るよ。うん。君も頑張ってな。あの副キャプテン、藤真さんに夢中みたいだから、だいぶハードル高いと思うけど」
 
 
 
<終>
 
 
形藤とは「花形×伊藤」の略でもあるっていう(^^;