ワルイヤツラ(前編)

面白いものを面白いルートで手に入れた。
釣りで言ったら生き餌のようなものだ。
さて、獲物が食いつくかどうか。
あとは糸を垂らして待つとしよう。
 
 
 
 
 
「藤真さん」
体育館に入るなりバッシュも履かず伊藤が藤真のもとへ駆け寄ってきた。
「どうした伊藤」
「さっき部室で携帯が鳴ってました」
「携帯?おれの?」
「はい。藤真さんの鞄の中で」
「わざわざそれを知らせに来てくれたのか」
「一旦切れたんですけど、また鳴り始めて。それが何回か続いたので、気になって、一応お知らせしといたほうがいいかと思いました」
「ありがとう。誰からだろうな」
隣で話を聞いていた花形が「どうした」と近寄って来た。
「おれに何回も電話がかかって来てたらしい」
「ご家族から急用じゃないか?見てこいよ」
「ああ」
藤真は花形にボールを預けて部室へ向かった。
 
ロッカーの鞄から携帯を取り出すと、伊藤に言われた通り、着信ランプがピカピカと点滅していた。
着信が三件。知らない番号が表示されている。
同時刻にメールも一件来ていた。
件名を見て驚いた。
『仙道です』
仙道?藤真は首を傾げた。
仙道に電話番号やメールアドレスを教えた記憶がない。自分が忘れているだけだろうか。交換したなら電話帳に登録してあるはずだが。
本文を見てさらに驚いた。
『生徒手帳をお預かりしています。お返ししたいので連絡ください』
「えっ!」
藤真はロッカーのハンガーにかかっているブレザーの内ポケットに手を突っ込んだ。いつも手帳を入れているその場所には何もなかった。鞄の中やドラムバッグの中も見たが、やはり見つかない。
「うそだろ・・・」
いつ落としたんだろう。それよりも、どうしてそれが仙道の手元にあるのだ。
そういえば、明日は風紀検査の日だったと思い出す。朝、教師が校門前に立って、服装や持ち物をチェックするのだ。そのとき生徒手帳を提示しなければならない。忘れたとでも言えばいいのだが、バスケ部のキャプテンとしてつまらない事で目をつけられたくない。ただでさえ、夏の大会で一勝もできなかったことで部費削減の対象とされていると聞く。
「うー・・・」
藤真は頭を押さえた。このタイミングで失くすなんて間が悪い。でもなんで仙道が。
疑問が振り出しに戻ったところで、藤真はあきらめて携帯を開いて電話をかけた。
 
「なんっで、何回かけても出ねえんだよ、あいつは!」
携帯相手に怒鳴っていたら、部室に花形がやってきた。
「何キレてんだ藤真。あ、さっきの電話誰からだった?」
「こいつだよ!」
藤真は携帯を花形の目の前に突きつけた。花形が目を丸くする。
かくかくしかじか、と事情を話すと、
「試合の時に生徒手帳落とした、とでも言えばいいんじゃないか?学年主任なら許してくれるだろ。おれも一緒に説明してやるよ」
「それしかないよな」
「風紀検査のことですか?」
伊藤が部室の扉から顔を出した。
「あ、すいません。練習メニューのことで聞きたいことがあって。通りかかったらお二人の会話が聞こえてしまいました」
伊藤は申し訳なさそうな顔をしながら「あの、」と付け加える。
「小耳に挟んだんですけど、明日は校長と教頭も校門に立つらしいです」
「え、本当か?」
教育委員会からのお達しで今回は厳しくやるそうです」
「それは厄介だな。とくに教頭は粘着質だからな」
「うーん・・・」
藤真と花形は二人で腕を組んだ。
「おれ、今から取ってこようかな」
しばらくして藤真は言った。
「え」
花形が驚いた顔をする。
「どうせ仙道も部活中だろ。今から陵南行って取ってくる。走れば30分で着くだろ」
「しかし・・・」
「練習ならこっちに任せてください。一年と二年にはメニュー通り指示しておきます」
「いや、それはいいんだが」
何か思うところがあるのか、花形は、別のことを心配しているようだった。
「藤真、本当に一時間で戻れるか?」
「もちろん。長距離なら陸上部にも負けたことがない」
「ちゃんと帰って来いよ」
花形は念を押してしぶしぶ承諾した。
「気をつけて行ってきてくださいね」
伊藤は笑顔で主将を見送った。
 
 
 
陵南高校に着いた時、ちょうど外周に出ようとしていた数人のバスケ部員と鉢合わせた。
「あれ、翔陽の藤真さんや!」
彦一が芸能人にでも遭遇したようなテンションで近づいてきた。部員たちは鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
「どないしたんですか、こんな所で」
「仙道はいるか」
「仙道さんならまだ部室に・・・あ、藤真さん?」
「悪いが急用なんだ。勝手に入らせてもらう」
他校の制服を着た端正な少年が、陵南生の群れに逆行するように大股で走っていく。慌てて道を開けた女生徒たちが、顔を赤らめながらひそひそ囁いている。
「さすが藤真さん・・・要チェックや」
彦一は感嘆しながらメモに書き込んだ。
 
「仙道!」
勢いよく部室のドアをあけたら、目的の人物が、なぜか待っていたかのようにそこにいた。
「あ、藤真さん」
ちょうど着替えようとしていたのか、仙道は学ランのボタン全開のまま、のんびりと言った。
「どうしたんですか、息切らして」
藤真はつかつかつかと近寄り、仙道の学ランの襟を掴んだ。
「どうしたもこうしたもねえ!おまえが電話に出ないから来たんだろ!」
「電話?」
「何回もかけたろうが!」
「えー?」
仙道はポケットから携帯を出して「あ」と言った。
「電源切れてました」
「この、」
馬っ鹿野郎!と藤真は仙道の尻を蹴った。
「いってえ!」
「あんなメール送りつけといて電源切るかよ普通!」
すいません、と仙道は頭をかいた。
「返せよ」
藤真は手を出した。
「え」
「おれの生徒手帳、返せ!」
「返せ、って人聞き悪いなあ」
また蹴られそうになったので、仙道は慌てて飛び退いた。
「ちょっと待ってくださいね」
仙道は学ランのポケット、ズボンの前ポケット、後ろポケットを順番に押さえた。
「あ」
「今度はなんだよ!」
「すいません、家に置いてきたみたいです」
全く悪びれずに、仙道は言った。