「逆光とノイズ」2話

​回り出したフィルムに最初に映し出されたのは、インターハイ神奈川県予選の決勝戦の会場だ。僕はそこに、場違いなところに迷い込んだ子供のような顔をして、遠慮がちに立っている。
 
といっても、高校生の僕ではない。中学三年生の僕だ。そして僕がいるのはコートの中ではなく、観客席の隅っこだ。中学のバスケ部の顧問の先生が大会関係者と知り合いで、キャプテンを務めていた僕を、雑用係と言う口実のもとに試合観戦に連れて来てくれたのだった。
 
僕らの中学は強豪でもなんでもない普通の地元中で、大会ではいつも地区予選三回戦までいけば良いほうだった。勝っても負けても先生や保護者は「よくやった」「頑張ったね」と労ってくれた。僕がしてきたのはそういうバスケだった。
だからインターハイなんて、まして決勝なんて―――ゲームでいうといったい何面のどこステージなんだろう―――もうよくわからない世界だった。僕は他人事のように、コートで華麗に走り回る選手たちを見ていた。
 
「伊藤」
試合が始まりほどなくして先生が僕に話しかけた。
「紫の12番と、緑の13番をよく見とけよ」
「12番と13番ですか?」
僕はそのゼッケンを探す。
その二人は両チームのポイントガードをしていた。ちなみに僕もポジションは同じだ。彼らがコート上で果たしている司令塔としての支配力が自分と全然違うことにまず驚いたが、先生はさらに驚くべきことを言った。
「あれは両方とも一年生らしいぞ」
「ええっ!?」
僕は目を丸くした。一年生ってことは僕とひとつしか歳がかわらないってことだ。
嘘だ。僕はコートの中で目まぐるしく走り回り、同時に他の選手にも指示を出し動かしている二人を見ながらもう一度思った。嘘だ。
「海南も翔陽も強豪だが、今年は総合力は互角だと思うな。事実上、一年生対決ってことになるだろう」
僕はごくりとつばを飲み込んだ。
「一年生対決・・・」
 
それからの僕はもうその二人に釘付けだった。
12番は体格が良くパワーのある選手で、味方に上手くパスも回しながら、自らもガンガン敵陣に突っ込んでいきゴールを決めていた。13番もスピードでは負けていなかった。隙を見てすかさずスチールから速攻に走る。が、12番はそれをことごとくブロックした。
 
そして、試合は僅差で紫のチーム、海南大付属高校が勝利した。その瞬間、海南の優勝、翔陽の準優勝が決まった。
「やっぱ予想通りだったな」
後ろの席の観客が言った。
「15年連続優勝か。すごいな、どこまで記録伸ばす気だろうな」
「にしても、あの一年凄かったな」
「ああ、あの12番な」
ありゃ、怪物だわ。と誰かが言った。
「それにしても、気の毒にな」
12番への賛美は、その後コートに注がれた視線とともに、そのまま13番への同情に変わった。
「健闘したけど、相手が悪かったよな」
12番を最初から最後まで一人でマークしていた緑の13番は、試合が終わってもまだコートの中でうずくまっていた。チームメイトが走り寄ってきて声をかけても13番は動かなかった。動けなかったのかもしれない。彼は試合中ずっと全力疾走していたのだ。
やがて審判に促され、チームメイトに両脇を支えられるように立ち上がり、13番は俯いたままベンチに下がって行った。
よかったな、がんばったな、などという空気は微塵もなかった。コート上に残されたのは負けたという厳然たる結果だけだった。その象徴が彼のように見えた。
僕はその場から一歩も動けなくなった。
 
「どうした、伊藤」
先生が振り返って僕を呼んだ。
「終わったぞ、帰ろう」
「・・・はい」
返事をしたけどやっぱり足は動かなかった。
終わっていない、と僕は思った。まだ終わってない。
僕はその先を見たかった。あの人がどんな風に顔を上げ、どんな風に涙をぬぐい、どんな風にまた挑むのか、僕は余すことなくそれを見ていたかった。僕にとってはむしろ始まりだった。
僕はそのとき、翔陽高校に入ろうと決めたのだ。