一志と藤真のSS

​「じゃあな一志、また練習で」

そう言って藤真は教室から出て行った。自分のではない、長谷川の教室からである。
藤真は二つ隣のクラスだが、毎日長谷川の教室に来る。というより長谷川一志の席にピンポイントでやって来る。

来るのはだいたい二時限目と三時限目の間の長めの休み時間か、昼休みの弁当の後だ。
クラスに友達がいないわけではないと思う。花形も永野もいるし、彼らのクラスの前を通ると、いつも藤真の周りには誰かがいる。そしていつも笑っている。言わずと知れた人気者である。

本人が気づいているかいないのかわからないが、藤真が近くに来ると、多くの視線が一緒について来る。普段人に見られる機会のない長谷川は、藤真がいるときといないときの自分の周りの温度の違いがわかる。その熱っぽい温度は低体温の自分には似つかわしくないと思うのだが、藤真は気にしない。一志、一志、と話は続く。今日席替えをしたとか、古文の小テストがあったとか。自分の代わりにいくらでも聞く相手はいるのではないかと思うほど、とりとめのないことばかりだ。
宿題や勉強関係のことは花形で間に合っているらしく、あまり聞かれることはない。

小学校も、中学校も、長谷川は休み時間は一人で過ごすことが多かった。いつしか一人でいることが自分にとっても周りにとっても当たり前になっていた。教室の人数の中に、いつも長谷川は自分をカウントしていなかった。小学校の時同じクラスのに長谷川という奴がいて、一年間だけ下の名前で呼ばれていた時期があった。けれどほかに長谷川もいないのにここまで下の名前を連呼されるのは初めてである。高校にはいって、ひょっとしたら、親より藤真に一志と呼ばれた回数のほうが多いかもしれない。

  「なあなあ、何話してたんだよ」

そして、藤真が去った後は必ず同じクラスの高野がやってくる。

「んもう、妬けちゃうなあ」

さっきまで藤真が座っていた席に高野が座る。

「なんでおれじゃなくておまえなわけ?」

それは長谷川自身が一番聞きたいことである。

「おれも昭一昭一って呼ばれたいよ〜ん」

ここまでが一連の流れで、これがほぼ毎日である。

高野は自称藤真大好き人間で、自称永遠の片想いとのことである。しかし長谷川からみると、高野だって十分藤真に愛されているではないかと思う。高野がちょっかいを出し、藤真が「おまえいつかころす」と答えるやり取りは日常茶飯事だが、藤真は高野以外にそんな言葉は絶対に使わないし、高野の「藤真くんひど〜い」は「もっと言って」「おまえにころされるなら本望」と長谷川には聞こえる。

五時限目が終わるチャイムが鳴り、藤真たちのクラスがぞろぞろと渡り廊下を通って移動教室から戻ってくるのが見えた。茶色い頭は目立つのですぐにわかる。

こちらが気づくと向こうも気づく。それは長谷川にとって七不思議のひとつだ。そしてついさっきまで一緒にいたのに、そんなことなど忘れたように、まるで今日初めて会うみたいに、藤真は「あ、一志」という顔をする。

渡り廊下からバンと指で鉄砲の真似をして撃ってくる。後ろを歩いていた花形と永野が苦笑するのが見えた。後輩の伊藤が「歩く藤真センサー」ならば、藤真は「長谷川発見器」なのだと、彼ら二人に言われたことがある。確かにどんなに深い沼の底に沈んでいても、藤真には発見されそうな気がする。

長谷川は廊下側の席から控えめに「うっ」と胸を押さえて撃たれるふりをした。そして高野は絶対にそれを見逃さない。

 「もー、なんなのなんなのおまえら!」

五時限目が終わるとまた高野が飛んできた。

「おまえら付き合ってるの?ねえ付き合ってるの?!」

そんなわけない。長谷川は苦笑する。

けどさっき撃たれた場所がちょっとだけ疼く。

 

 


〈終〉